移りつつあるこころ
2014.06.09 (Mon)
約束の時を過ごし終えた二人を乗せた自動車が、
二日前に出発した街に向かって、高速道路を風を切るようにして戻ります。
この人の、かりそめの妻として過ごしてきた時間が、
後僅かで、終わろうとしてました。
肘掛に載せていた私の手のひらを、彼のひろい手の平が、柔らかく被います。
数日の旅行の間に、私に注がれた彼の男の人の液が、
もう、自分の身体の隅々を満たし、
そして、沁みこんでいるのかなぁ、って感じてました。
私は、ひとつ、小さな息をはくと、
握られたままの、暖かい彼の手のひらを、そっと握り返し、
ゆっくりと、まぶたを閉じたのです。
あの朝。
ふくよかな白い乳房を、
この朝のための真新しいブラジャーで包み込んでいました。
自分でいうのもおかしいんだけど、
女の私にだって、誉めてあげたい素敵な胸だと思えるし、
二人の娘を母乳で育てたわりには、出産をする前と同じように、
薄い桜色をした小さな乳首も綺麗なんですよ。
クローゼットの中にある、
姿見に映る黒い下着だけの、身体を眺めます。
主人のために、大切に守ってきたと思えるこの身体が、
もしかしたら今夜、別の男の人のものになり、
その人の、男の人の印を、身体の奥に注がれるのでしょうか。
軽い眩暈を感じながらも、
彼との、約束の時間を始めるために、
買っておいた茜色のジャケットを、
大事そうに、そっと、木製のハンガーから、外したんです。
自宅から二駅離れた駅裏の、小さな公園の駐車場に、
見慣れた彼の自動車が停まってました。
車から降りた彼が、私の手から小さなトラベルバッグを受け取り、
後ろの席に置いてくれます。
どこに連れて行かれるのかなぁ、
教えられぬままの私を乗せたその自動車は、ゆっくりと、走り出したんです。
前夜。
「堪らないんだ」
乱暴だと思えるほど、私の身体を突き動かしながら、
パパは、そう言いました。
「あなたが、いけないのよ」
絶え絶えに、そう応えた私は、パパの腰を両手で引き寄せてました。
自分の身体の奥に届いているそれは、
まぎれもなく、
最愛のパパのものであることはわかってるはずなのに、
目に浮かんでくるのは、
なぜだか、明日からの連休の数日を一緒に過ごす、
彼の端正な顔立ちだったんです。
身体は、今、こうして、パパに抱かれながらも、
こころは、すでに、明日からの、
彼との時間の流れに、だんだんと、移りつつあったんでしょうね。
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