小舟の行方3
2017.09.26 (Tue)
「あぁ 今、逢えたよ。隣に座ってる」
言われたように、京都駅の裏にある駐車場に行くと、
見慣れたTさんの紺色の自動車が停まっていました。
薄いスカートに気を付けながらドアを閉めると、
いつものように、良い香りがしました。
「あぁ、ちょっと、代わるから」
そう言って持たされた電話から、
なぜだか今は懐かしい、夫の低い声が、
随分と遠くから聞こえたような気がしたんです。
「楽しんでおいで」
何も言えないままの私。
「あぁ、約束通り、時々、報告するから」
そう言って、電話を置いた彼、人目が無いことを良いことに、私の肩を抱き寄せると、
青いイヤリングの揺れる耳たぶに、熱い息を感じさせながら、
くちびる近づけてきたのです。
「君が駅から歩いて姿を眺めているだけで、堪らなかったんだ。ほらっ、こんなに」
「えっ いやっ」
驚いて髪を揺らして抗ったのに、引かれた手のひらが、
彼のチェックのスラックスの前に引き寄せられると、
私を求める懐かしいふくらみに触れ、その温かさを感じた途端
彼の手が望むがままに、ゆっくりと摩りだしていたのでした。
抗うことも、拒むこともできませんでした。
それは、できたはずなのに、なぜか、出来なかったのです。
自分は、たった今まで、声を聞いていた夫の、紛れもない妻であるはずなのに、
今、自分の身体を求める、違う男の人の熱さに触れて、
大切な夫への貞操が、だらだらと溶け出していることを、感じていたのでした。