暗がり坂の夜
2018.11.26 (Mon)
浅野川大橋から見下ろすと、夕暮れ時の淡い陽が、薄っすらと斜めに射し込んでいて、
緩やかに流れ揺れる川面を、ほんのりと染めていました。
浅野川沿いの道から、もう一本東側に通っている主計町の細い小道。
せっかくだから、一度、泉鏡花先生の生家でもある記念館を覗き、
五木寛之先生がその名を付けられた、石の階段である細いあかり坂をゆっくりと降りてきました。
狭い裏道の両側には、趣のある古い小さなお店が肩寄せ合うように立ち並んでいて、
その一軒一軒のぼんやりとした灯りが、うっすらと道を照らしていました。
数年前の出来事でした。
中学時代の同窓会を開こうということになり、一緒に幹事をすることになった友人と、
食事をしながら、簡単な打ち合わせをすることになったんです。
約束をしていたお店の、木製の片引き戸を開けてお店の中に足を踏み入れると、
カウンターの向こう側から、女将さんの笑顔が迎えてくれ、
予約してくれていた友人の名前を伝えると、
私の全身を舐めるように見ながら、カウンターの席を案内してくれました。
「久し振りだわ、何年振りかしら」
「本当ね。けれど、南ちゃん、変わらないわね」
「そんなことないわ、順子の方こそ、清楚な感じは昔と同じだけど、なんだか、色っぽくなって」
暫くしてきた南さんと、まずは乾杯。
中学時代から大人びていた彼女、
卒業前には、大学生の彼と初体験を済ませたって、噂だったんですよ。
地元の国立大学を出た後は、香林坊で喫茶店を開いているんですけど、
こうして、ゆっくり話すのは、久し振りだったんです。
中学時代の話や、同級生の話で盛り上がりましたよ。
中でも健二君の話が出た時には、ちょっと、ドキッとしました。
もちろん、皆には内緒だけど、
彼ったら、自分の精液が入ったスキンを、封筒に入れて私のロッカーに入れたり、
私の白い胸に、熱い精液を降り注いだりしたんだもの。
今は、二人の子どもさんの、立派なパパだとかで、今度の同窓会の幹事のひとりでもあるんです。
けれど、逢えるのは楽しみだけど、やっぱり、ちょっと、心配だなぁって、そう、思ったんですよ。
その頃のお話、「水色の封筒」は、こちらからどうぞ。
幸い、同窓会のための名簿や、先生への連絡先については、南さんが準備をしてくれていて、
同窓会の大凡の手筈が付きそうだったので、後は、夕食、頂くことにしたんです。
女将さんから、今夜はのどぐろの美味しいのがあるって言われて、
一緒にお刺身の盛り合わせと鴨の治部煮とお願いしました。
お酒は、南さんのご所望で「獺祭」をグラスで頂きましたよ。
「南ちゃん、結婚しないの、そんなに綺麗だから、良いお話あるでしょうに」
「お店が忙しくてね、なんだか、面倒くさくなっちゃたの」
「まぁ、お仕事はたいへんでしょうけど、まだ、若いんだから」
「結婚しなくっても、困ることってないし。あぁ、男の人とのことも、満たされてるのよ。ふふ」
「やだぁ、それはそうでしょうけど」
「順子はどうなの、そんなに綺麗だと、ご主人以外の人から、いろいろお誘いあるでしょ」
「そんなことないわよ」
ちょっと、ドキッてしました。
まさか、主人以外の男の人と、人には言えないようなふしだらな関係を続けていること、
それも、主人公認でなんて、南さんにお話するわけにはいかないし。
「本当? もし、身体だけの関係の男の人が欲しかったら、紹介してあげましょうか。
信用のある仕事をしてる人だし、それに、若いのに、あっちのこと、すごく上手なのよ、
あなたもきっと、夢中になるわよ」
「ばかぁ、そんなわけにいかないわ。人妻なのよ」
「いいじゃない、逢うだけ、逢ってみたら? 彼、直ぐに来てくれるし、
順子のこと見たら、きっと、大喜びだわ。ちょっと、待ってね」
残り少なった二本目のお銚子を、私のグラスに傾けた南さん、
ハンドバックから携帯電話取り出すと、誰かと、話し出したんです。
「そうよ、前に一度来たことあったでしょ。そうそう、主計町のお店」
南さん、電話、バックにしまうと、凝ったネールで飾った手を伸ばしグラスを傾けると、
酔ったのかしら、お店の天井に虚ろな眼差しを向けたんです。
三本目のお銚子が置かれるころやって来た彼、背の高いステキな青年でしたよ。
簡単な自己紹介を終えると、お酒、勧められました。
お仕事の話をすると、えぇ、確かに固いお勤め。
親御さんからは早く結婚しなさいって言われてるけど、
今は真剣なお付き合いしてる女性はいなくて、適当に遊んでるってお話でした。
「南さんにお礼言わなきゃ、こんな素敵な順子さんと会わせてもらって」
「でしょ、わざわざ来た甲斐があったでしょ。こんな綺麗な人妻、なかなかいないわよ」
「まぁ、二人とも、上手ね」
「旦那様、お幸せですね、順子さんのこと、独り占めなんだから」
「そんなことないわよ、至らない妻なのよ」
「だって、そのおっきなおっぱいも、白い肌も、旦那様一人のものなんでしょ」
「やだぁ、それは、そうだけど」
「羨ましいなぁ、あぁ、想像したら、硬くなりそう」
そう言うと、彼ったら、おどけたようにスラックスの前、手で押さえたんです。
「順子、お相手してあげたら、彼、おしゃぶりが大好きだし、それに、驚くほどおっきいのよ。
満足できること、私が保証するわ」
南さんが言った、そんなはしたない言葉を、冗談話にするように、
私、笑顔を見せながら髪を左右に揺らしましたが、
思いもよらない時間がゆっくりと幕を上げること、二人から納得させられるように、
薄いスカートの太ももの上に、彼の熱を帯びた手の平が、
そっと、置かれたことに気づいていたのでした。