雪まつりの夜2
2017.08.31 (Thu)
ふらふらとした身体、翁先生に、抱きかかえられるように入ったお部屋。
ドアが閉まると同時に、
なぜだか、日頃は匂うことのない、懐かしい良い香りを感じました。
けれど、以前、どこで匂ったのか、その時は、思い出せないままだったのです。
テーブルの上には、ホテルにしては高価だと思えるお茶がおいてあったけど、
普通のポットからだから、熱すぎるかなぁって思い、
余分な湯飲みを湯冷まし代わりにして、冷ましながら、お茶入れましたよ。
けれど、その間に、
さっき感じていた、思い出せない匂いが、
私のこと、包み始めていたのかもしれません。
ソファーに座り込んで、天井を見上げている翁先生の前に、
湯飲み、そっと置くと、先生、自分のすぐ傍の座面を、ぽんぽんと手でたたいたんです。
私、誘われるがまま、腰、降ろしました。
一日、一緒だったから、自然にそんな風に、できたんでしょうね。
頂いたお茶、思ったより美味しかったです。
「あぁ、久し振りに、君が入れてくれたお茶、やっぱり、美味しいね」
そんなふうに言ってくれた翁先生、
でも、なぜだか、そのうつろな眼差しは、
お部屋の中、天井の方に向けられていました。
私、湯飲み、そっと、テーブルに戻すと、それを待っていたように、
自然に、腰、抱き寄せられ、
浴衣越しに、先生の手のひらの温もり、感じられると、
酔いも手伝ったんでしょうね、なんだか、ぼぉってしちゃったんです。
「楽しかったね」
誰に向けられたいたのか、そう言った先生の掠れた朧げな声、
けれど、なぜだか、随分と遠いところから聞こえたような気がして、
思わず顔を上げると、なんだか、部屋の中、
先ほどの匂いと一緒に、微かな薄紫色のもやのような大気が、
ゆっくりと、満たしだし、私の身体を包み始めたことに、
気が付いたように思えました。
頭の中にも、ゆっくりとおぼろな霧が漂ってきましたが、
どうしてだか分からないまま、
求められもしないのに、先生の身体に、しな垂れかかってしまったのです。
お酒の酔いや、旅の疲れからの睡魔が襲っていたわけではなかったのに、
なぜだか、すっかり、もうろうとしてたんですね。
そんな私の耳元に、温かな吐息と一緒に、先生の低い声が響いたような気がしました。
「あぁ、そのイヤリング、付けてきてくれてたんだね」
何のことかわからないままの私だったはずなのに、
驚いたことに、聞いたことのない細い声が、なぜだか、私の口から洩れていました。
「えぇ、そうよ、あの時、あなたが、イスタンブールで買ってきてくれたのよ」
もう一度、肩、抱き寄せられると、
温かな手のひらが、浴衣の胸元に、当たり前のように差し込まれ、
ブラと素肌の間に入り込んできたような気がしました。
乳房、ゆっくりと、その柔らかさを味合うように、優しく揉まれると、
私、それまで以上に、もうろうとしてしまい、
手を引かれ、熱く太い男の人のもの、握らされたと思った時も、
なぜだか、何の抗いもしませんでした。
それどころか、いくらもしないうちに、
自分の方から、身体を倒しかけ、その固いものにくちびるを寄せたように思えたのです。
「じゅんこ」
そう、曇った声、聞いたように思えたと同時に、なぜだか、私、
当たり前のように、大きく頷いたように思えました。
けれど、それは、微かな薄紫色の夢の中で起こった、
現実とは思えない、夢の中の、不思議な出来事のようにも思えたのです。
まだ、夜は明けきれない時間だとは思いましたが、
カーテンの隙間から、うっすらとした朝方の光が差し込んでいました。
寒い札幌のはずなのに、温かなエアコンのお陰で、
きっと、私、幸せな顔をして、目を覚ましたのだろうと思います。
けれど、はっとして、胸元に手を当てました。
はっきりとは思い出せないけど、ふしだらな夜だったような気もして、
自分の浴衣の身体を見直したんです。
けれど、はだけていると思えた胸元も、そして、裾回りも、
しっかりと昨夜のままのように重なっていました。
けれど、不思議なことに、あの少し透ける、黒いブラとショーツも、
すぐ近くのソファーの上に、丁寧に畳んで置いてあったのでした。
そして、隣のベッドには、まぎれもなく、翁先生がお休すみになっていて、
規則正しい微かな寝息が、聞こえてたんです。
私、もう一度、昨夜のこと、思い出そうとして、
ゆっくりと身体を横たえたのと同時に、
僅かばかり雲が、朝の光を遮ったのでしょうか。
部屋の中にうっすらと差していた淡い光、急に途絶えると、
誰だったのでしょうか、頭の中に、微かな声、聞こえたような気がしたんです。
「ありがとう 主人のこと、お世話していただいて」
そして、その時になって分かったんです。
頬を、温かな涙が、伝い流れていたことを。
そして、あの、思い出せない不思議な匂いが、
また、昨日の夜の時と同じように、
自分の身体、そっと、包んでいることに、気が付いていたのでした。