そうた君と私の街で
2021.03.01 (Mon)
「気を付けてね、マスク、必ず付けてね」
「大丈夫だよ、島根は感染が少ないし。金曜日に帰るから、夕食はお願いするよ」
こんな時期だっていうのに、珍しく山陰に出張する主人、
ほんの数時間前、そんなことを言いながら、
いつものようにあっさりとしたお出かけのキス、主人にねだった玄関ホールで、
その夫ではない若い男の人と、舌を絡めあい、唾液を吸いあい、
息を弾ませ、甘い声を漏らしながら、
背中に回した両手で、抱き寄せてしまっていました。
「すいません、こんな時に来てしまって、
でも、順子さんに逢いたくて、がまんできなかったんです」
「あぁ、いいのよ。私もそうだったんだから」
そう言いあうと、また、慌てるようにして、唾液の滴るくちびるを重ねあっていました。
主人を送り出して、幾らもしない静かなリビングに、
インターフォンの呼び出し音が、
お皿を洗っていた手を拭きながら、モニターを覗いた私、
息が止まりそうになり、胸の手を当てましたよ。
だって、玄関先に、えっ、そうた君がいるんですもの。
そっと、ドアの鍵を開けると、彼、慌てるようにして、入り込んできて、
私の言葉を聞くまでもなく、抱きしめてきたんです。
懐かしい匂い、私のお尻や背中に回された、ちょっと乱暴だとも思える、彼の両手。
その瞬間、それまでの、いつものありきたりな時間から、
気持ちに翻弄される、思いもしなかった時間が流れ始めてしまったことを諦めると、
何も応える間もなく、私の方から、彼のくちびる、ねだってしまっていたのでした。
すぐに、彼の手が、私の胸に這い上がり、
確かめるように、ゆっくりと、その柔らかさ思い出し、私を悶えさせました。
夫のいない、その夫と私の大切な家で、
夫ではない男の人と、濡れたくちびるを重ねあっている私。
言いようもなく、ふしだらなことであるはずなのに、
もう、その時の私は、この家の夫の妻ではなく、
今、自分の身体を抱きしめている、唾液を啜りあう、
この若い男の人の、ただ、欲望のお相手だったのでしょうね。
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