百万石まつりの夜9
2015.07.08 (Wed)
「女将、今夜は楽しませてもらってるよ」
「まぁ、それはよろしゅうございました。順子さん、ありがとうね」
「今だって、彼女にキスする寸前だったのに、無粋な人が邪魔したよ」
「まぁ、ご冗談ばっかり」
そう言うと、ゆっくりと、女将立ち上がると、次の間の障子の引手に手を添えたんです。
「お待たせしましたね、先生」
蝋燭を使われているんでしょうね、障子、音も立てないで、すっと、開きました。
けれど、開いたその先が見えた時、驚いて私、「あっ」って、声出しそうになったんです。
次の座敷には、眩しいばかりの金屏風の前に、
薄いクリーム色の着物を着た、日本髪の舞妓さんが、ちょこんと座っていたんです。
「まぁ、可愛らしいわ」って、そう言ってしまいました。
牧田さんに勧められるまま、杯を重ね、
そして、成り行きで、そっと、肩を抱き寄せられた私。
女将さんが障子を開けた、ほんの僅かな時間の間に、
酔いのためだったんでしょうね、素敵な牧田さんとの恥ずかしいこと、思ってたんです。
衿かえが終わってないから、えぇ、二十歳前の、可愛らしい舞妓さんです。
置屋で、三味線やお囃子の修業しながら、芸妓さんになるんですよね。
踊りが始まると、舞妓さんだけしか結ばない、だらりの帯が揺れて、素敵だったし、
綺麗に結ってある髷も綺麗でした。
牧田さんも、杯持った手、途中で止めて、一生懸命、見てたんです。
地方さんも素敵な女性でしたよ。
お座敷では舞妓さんの方に目を向けること多いけど、
やっぱり、三味線や唄いが大切ですよね。
それに、私と同じくらいの歳だろうから、
地方さんとしては、まだ、これから大変でしょうけど、
あらって思うほど、綺麗な方で、三味線も唄いも、楽しめたんです。
舞が終わった後、舞妓さん、牧田さんの隣に座ってお酌してくれましたよ。
まだ、若いけど、お座敷での立ち居振る舞い、やっぱり、かなわないわ。
はらはらした、私の初めてのお座敷、
こうして、つつがなく、終わろうとしていました。
ホテルに帰る牧田さんを送った後、女将さんと、まかないを頂きました。
最初に、言われていた通り、牧田さんに出されたものと、変わらなくて、
なんだか、申し訳なかったんですよ。
「助かったわ、牧田さん、あんなに喜んでくれて」
「だったらいいんですけど、何だか、無我夢中で」
「いえ、順子さん、落ち着いてて、ふふ、玄人みたいだったわよ」
そう言うと、お酒、注いでくれたんです。
「時間があったら、また、時々、お願いできるかしら」
「えっ、えぇ、たぶん大丈夫だとは思いますけど」
「旦那さん、やっぱり、煩いんでしょ」
「そんなことないですよ。今度も、何も言わなかったし」
「そう、じゃ、牧田さん、来られたら、また、お願いしますね。お花代、奮発するから」
あぁ、牧田さんがお相手だったら、私も、また、お逢いしたいって思いました。
でも、思ったよりも早く、再会することになったんですけど。
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