百万石祭りの夜5
2015.06.25 (Thu)
そんなしてお話が始まり、思ったよりも、私も、上手にお酌できて、
お部屋が和んだ雰囲気になりました。
「牧田さんの、京言葉が懐かしいです」
私が、そう言うと、今お住まいの、京都のお話になり、
驚いたことに、牧田さん、私の系列大学のご出身ということが分かりました。
それも、私と同じように、登山関係のサークルだったとのこと、
二人の間が、一気に近づいた気がしたんです。
連休に主人と一緒に、上高地に行ったこともお話したんですが、
あの朝、穂高で滑落事故があって、二人の方が亡くなったことまでご存知でした。
今も時々、近くの山にお一人で登られているそうなんです。
「奥様、山、行かれないですか?」
そう言うと、一瞬、寂しそうな表情になられました。
「それがね、順子さん、奥様、亡くされたのよ。もう、三年になるかしらねぇ」
「あぁ、この街の支店に居たころだからね。
仕事、仕事って 何もしてあげられなくて、きっと、恨まれてるよ」
そう言うと、杯を傾けられたんです。
「何かと、ご不自由されてるんでしょ」
「まぁ、子どもも巣立ったし、仕事だけが支えかなぁ。
あぁ、順子さん、たまには、京都、遊びにおいでよ、いろいろ、ご案内するから」
「そうだわ、順子さん、牧田さんとこ、遊びに行けばいいわ。
お金持ちだから、いろいろ、楽しませてくれるわよ」
京都の話題や女将さんの助け舟もあって、始めてのお座敷、
つつがなく、お勤めできているように、思えました。
「すいません、他のお座敷にご挨拶してきますから、
ごめんなさい、順子さん、暫くおねがいしますね。
それにしても舞妓さんたち、遅いわね。
あっ、先生、順子さんにあんまり無理なことさせないでくださいよ。
順子さん、人妻なんですからね」
そう言うと、女将さん、お部屋出て行ったのです。
二人だけのお座敷。
牧田さんにお酒、お注ぎすると、必ず返杯を求められ、
思いもかけず、お酒、いっぱい、飲んじゃっいました。
少し酔い始めていたんでしょうね、
鯛の唐蒸し、お箸で摘まんで、先生のお口に運んであげたり、
逆に、先生から、のど黒の味噌漬け、食べさせてもらったり、
楽しい時間が流れました。
「お一人で、お寂しくはないですか」
そう言うと、思いもかけず、そっと、肩を抱き寄せられました。
「あなたのような人がいれば、寂しくはないんだろうけど」
牧田さんの、くちびるが、すぐ近くに感じられ、良い匂いがしたのです。
くちづけ、求められたらどうしよう。
そんなこと、思ったら、どきどきして、息、乱れだしてました。
そのこと、牧田さん、きっと、気付いていたと思います。
男の人にしては、細い指の手のひらが、着物の膝に載せられると、
肩にあった手に力を感じて、もう一度、私の身体を引き寄せたのです。
「すいません、遅くなりました」
ふすまの外から女将の声が聞こえ、
私、慌てて、しな垂れかかった身体、牧田さんから離したんです。
「女将、今夜は楽しませてもらってるよ」
「まぁ、それはよろしゅうございました。順子さん、ありがとうね」
「今だって、彼女にキスする寸前だったのに、無粋な人が邪魔したよ」
「まぁ、ご冗談ばっかり」
そう言うと、ゆっくりと、女将立ち上がると、次の間の障子の引手に手を添えたんです。
「お待たせしましたね、先生」
蝋燭を使われているんでしょうね、
障子、音も立てないで、すっと、開きました。
けれど、開いたその先が見えた時、
驚いて私、「あっ」って、声出しそうになったんです。
| HOME |