恩返し
2019.08.01 (Thu)
「主人、帰ってくるの。これで、順子へのご恩返しができるわ」って、
大学時代の先輩だった、明子さんからの電話がありました。
大学に入学仕立てだった私たちに、
学科の先輩としていろいろとお世話していただいた明子さん。
卒業した後も、時折開かれる同窓会や、女子会の旅行などで親しくしてもらっていました。
久し振りに順子の顔が見たくなったって電話があり、
私の街まで遊びにきてくれたのは数年前のことでした。
その日、大阪からやってきた明子さんを、駅までお迎え、
二度目だっていう街のご案内をした後、主人と合流しての夕食の時、
困ったこと、頼まれたんです。
「ねぇ、順子。旦那様、今夜、貸してくれないかしら」
和食を楽しみながら三人で談笑した後、主人がちょっと席を離れた時のことでした。
大学を卒業して、幾つか上の商社マンの素敵な旦那様と結婚。
パリでの生活を、永く過ごしてたんですけど、
お母様の身の回りの世話をって、ご主人をパリに残して実家での生活。
仲の良い旦那様とは、一年に数回しか会えないのよって、聞かされてました。
「今、ちょっと、危ないのよ。身体が男の人、欲しがってたいへんなの。
順子の旦那様だったら、安心して抱いてもらえるし、ねぇ、いいでしょ」
唖然としました。
女としての身体、男の人欲しがるのって、私にだって、よくわかります。
ほんのちょっとしたことで、身体が燃え上がり悶えるのって
ありますよね。
そんな時、旦那様がいないんじゃ、えぇ、確かに危ないわ。
けど、明子さんのお相手が、主人ということになると…。
「そんなことしちゃ、叱られちゃうわよ、旦那様に」
そう言うしかありませんでしたが、
「実はね、私がパリでも随分とアバンチュール経験してること、主人も知ってて、
今日のことも、話してあるの、主人だって、結構、楽しんでるのよ」
私、驚いて明子さんの顔、見ました。
「大丈夫よ、変なことにはならないから、今夜だけで、いいの。
それに、ご恩返しはするわ、主人、けっこう、上手だから、
きっと、順子も喜んでくれると思うの」
そう言うと、丁度戻ってきた主人に、華のような笑顔を向けたのでした。
「順子のお許しいただいたわ、今夜一晩、あなたの奥様になること」
驚いたパパの顔、私に向けた視線、うつむくしかなかったのです。
女性が強引に身体を求められたときに、男性から言われる、一番、嫌な言葉。
「減るもんじゃないし」
確かに、夫とのこと、許してあげることで、
私への愛情が薄れることって、ないだろうと思うんだけど、
妻としてやっぱり、困るわ、
そう、思い直したのは、後戻りのできない、
自宅に一人で帰る、タクシーの中だったのでした。
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