「幸せの行方」 その20 写真集
2019.08.24 (Sat)
桐子が薫を膝に抱きあげ、これ以上はない笑顔で覗き込むと、
「もう、こんなに大きくなって、おばあちゃん、抱っこがたいへんだわ」
そう、言いながらも、それまで以上の微笑で、薫と笑い合った。
二週間ぶりに、実家での食事だった。
出入りの魚屋が、良い蟹が入ったからと、
食べやすいように調理をして、持ってきてくれていた。
食後の団欒の時間を、広いリビングで過ごしていたが、
両親たちとの話は、やはり、薫のことが多かった。
「薫ちゃんも、そろそろ、お兄ちゃんになりたいわねぇ」
桐子の穏やかな視線が、順子に向けられる。
そして、その言葉に、つられる様にして、
いつになく、上機嫌な院長が、
「そうだな、薫のためにも、兄弟は多いに越したことはないから、
順子さんにも、頑張ってもらわないとね」と、
桐子に抱かれた薫を見ながら、
多田が持ってきていた新潟の吟醸酒の杯を飲み干した。
恥ずかしそうに、視線を落とした。
何か、言わなければいけないとも思ったのだが、
すべてを知っている雅彦もいるし、
何と返答していいのか、言葉が見つけられなかった。
既に母親である、女としての自分の身体が、
次の子どもを産むことを求めていることを、強く感じ始めていた。
順子自身、許されることなら、薫の兄弟をと思っているのだが、
けれど、それは、
もう一度、慶彦に抱かれ、、もう一度、自分の身体の奥に、
慶彦のものを注ぎ込まれることに、他ならなかったのだ。
順子は、軽い眩暈を感じながら、
家族と自分の身体が求めるもののために、
もう一度慶彦に抱かれることは仕方のないことだと、
納得するしかないように思えていたのだ。
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