一条戻り橋2
2018.02.09 (Fri)
約束をした一条戻り橋は、学生時代、校舎が近かったこともあって、
何度か通ったことのあるところでしたが、特に気に留めた場所ではありませんでした。
臨終に間に合わなかった父親が、冥土から蘇ってきたとか、
嫁がせた娘が戻ってこないように、この橋の近くには近づかないように言ったとか、
そんなお話は聞いたことがありました。
堀川の水面に、両脇に並ぶ木々の新緑が映り、涼しげな緑風が吹き抜けていたものの、
思っていたよりも日差しがあり、日傘をもってこなかったことを悔やんだ私、
戻り橋の下の陰に入ろうと、川辺までの石段を下りたのです。
けれど、その時まで気付かなかった十人ほどの人が、
橋の下の濃い影の向こうから、浮かび上がるようにこちらに向かってくると、
私のすぐ横を、通っていきました。
どのような人たちなのか分かりませんでした。
けれど、すれ違いざまに、ちらりと私を見たその鋭い目の輝きは、
夫ではない男の人から誘われるままに、暗い陰の中で一人で佇んでいるわたしを、
どうしようもなく、居たたまれない気持ちにさせたのです。
「申し訳ないけど、少し、歩くよ」
暫くしてやってきた、あの時と同じような素敵な彼に、
お昼をって言われ、戻り橋から西に向かう細い道を並んで歩きました。
「逢いたかった、あなたのこと、忘れられないでいたんだ」
そんな彼の言葉を、ただ、聞くしかなかったのです。
連れて行ってもらったのは、カウンターだけの小さなお店で、
生湯葉と絹揚げなどを頂きましたが、とっても、美味しかったですよ。
あぁ、このお店のオリジナルで、ブランデーで漬けた梅酒や、
豆乳のムースも楽しめました。
「じつは、この近くに住んでて、ここ、よく来るんだ」
「えぇ、湯葉は好きで良く頂きますけど、ここのも、美味しいですね。
それに、他のお料理も、いろいろと工夫がしてあるし」
「あれから、何年経つんだろうね。思い出すよ、あの時のこと、あの時のあなたのことを」
そう言って、いくらかうつろな眼差しを、箸先に向けた彼。
二年前の、あの時間の、何を思い出していたのでしょうか。
夜は予約してあるから、暫く、散策しようって、
お店を出たあと、二人で歩きました。
数年ぶりに出逢って幾らも経たないまま、
身体を寄せられて、手のひらを絡み合わせられても、
何も抗うこと、しなかったのです。
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