翁先生との午後
2014.07.21 (Mon)
週に三日間、主人を送り出した後、事務所でお勤め。
帰りに主人のためにお買い物して、夕食の準備をするって生活になりましたが、
特に忙しいとは思いませんでした。
むしろ、メリハリが付いたし、世間勉強もさせていただいて、
良かったと思っていました。
事務所は、静かで過ごしやすかったですよ。
皆さん、一生懸命難しいお仕事をされていて、
私が準備するお茶の時間を楽しみにしてもらっていました。
Yさんが中心となって、事務所のお仕事をしていましたが、
翁先生も、この街の著名な方々相手のお仕事もあり、
忙しくされていたんです。
その日も、そろそろ、帰る時間になっていて、
夕食は何にしようかと、考えていたところでした。
「順子さん、悪いけど、所長に、書類届けてくれないかなぁ」って、
Yさんに言われ、少しだけ、早めに帰宅することになったのです。
それまでも、時々、そんなことが、ありました。
この時みたいに、自宅に行くのは初めてだったけど、
出先にいる翁先生に、書類を届けることは、特に珍しいことではなかったのです。
翁先生の自宅の場所は、大体見当がついていたので、
すぐに見つけることができました。
翁先生の趣味が伺える素敵な佇まいでしたが、
小型の赤い自動車は、奥様のものだったのでしょうか。
インターホーンのボタンを押しましたが、応答がありません。
門を開いて、玄関ドアのノブに手をかけると、
そのまま、開いたのには、ちょっと、驚きました。
玄関先で、書類を渡そうと声を掛けましたが、
誰かいる気配がありません。
事前に、私が来ることは連絡してあるはずなのに、
私は、ちょっと、心配になってよく磨かれたフローリングに上がりました。
先生がこの広いお屋敷のどこにいるのか、
なぜだか、初めから、わかっているかのように、
誘われるように廊下を歩くと、リビングのドアを開いたのです。
厚いカーテンの隙間から、
どんよりとした鉛色の空の、
薄っすらとした微かばかりの陽が、広いリビングに射していました。
微かな紫色の靄のような大気が、部屋の中に漂っていたのは、なぜだったのでしょうか。
先生は、上質なソファーに横になって、眠られていました。
低いテーブルの上には、いくらかの書類があったので、
多分、それをご覧になっている途中で休まれたのでしょうね。
お部屋は、週に何回か来られる家政婦さんのお陰でしょうか、
綺麗に片づいていましたが、
キッチンのシンクを覗くと、趣味の良いコーヒーカップとソーサー、
それに、数枚のお皿が置かれていたんです。
私は、大きな冷蔵庫の横にある木製のキッチンロッカーを開け、
中から水玉模様のエプロンを出してリボンを結び、
そのお皿を洗い始めたのでした。
その時、「じゅんこ」という、掠れたような声が背後から聞こえ、
私は後ろから羽交い絞めに抱きしめられました。
不思議なことに、身体に力が入らないで、
声をあげることも、抗うこともできませんでした。
エプロンの胸元から、先生の両手が入り込んで、
上手にブラウスのボタンを外すと、襟元を大きく開き、
手のひらが、ブラと肌の間に挿しいれらたいうのに、
なぜだか私は、抗いませんでした。
どうしてだか、分かりません。
何か、与り知らぬ力が、そうさせているように思え、委ねるしかなかったのです。
「このエプロンを着けてくれたんだね。
私が二人で行った、最期の旅行のときに買ってあげたものだ」と、
目の前にいる私ではない人に、語りかけたように先生は言いました。
後で思ったことですけど、
私は、始めて来た広いお宅だというのに、迷うこともなくリビングに向かい、
一目ではエプロンが入っているなどとは思えないキッチンロッカーを開き、
そして、何枚も掛けてあるうちから、その水玉模様のエプロンを選んだのでした。
何かが、私にそうさせたのでしょうね。
胸をはだけさせたまま、抱かれるようにしてソファーに倒れ込みました。
日頃の穏やかな先生からは、予想できないほど情熱的に抱きしめられ、
二度ほど、「じゅんこ」って、名前を、呼ばれたような気がします。
私は、甘い声をあげて、身体を悶えさるしかありませんでしたが、
先生の寂しさが染み透るように、心を染めました。
「お寂しいんですね」
力を緩めてくれた先生の両腕からすり抜けると、
少しだけ、息遣いが整った私は、
胸元を直しながら、そう、言うのがやっとでした。
「申し訳ないことをした。何と、お詫びしていいか」
「いいんですよ、先生の心が癒されるんでしたら、
私、なんでも、お手伝いしますから」
その時は本当に、そう思ったのです。
やっと締め直したブラウスのボタンは、
それから、いくらもしないうちに、またも外され、
先生の唇は、悪戯のために硬く尖っていた私の乳首を、
そっと、吸い出していたのです。
そして、私の手の平と指は、先生の下半身から、
まるで、若者のそれのように、
逞しい姿を見せた男の人の印に絡み、ゆっくりと動いていたのでした。
なぜ、自分が、こんな時間に導かれたのか困惑していたし、
先生の息遣いは、いくらもしないうちに、荒くなって、
もう一度、
「じゅんこ」って、掠れた声で呼ぶ声を聞くことになったのです。
そして、その途端、私自身がまったく意識しないままに、
先生の素敵なロマンスグレーをふくよかな乳房に抱き寄せながら、
日頃自分でも聞いたことのない、別の人が言わせたような優しい声で、
ゆっくりとつぶやいたのです。
「まさひこ さん」
その声に応えるように、そっと頷いた先生の閉じた瞼から、
ゆっくりと、一筋の涙が伝い流れ落ちるのが分かりました。
先生の男の人のものに、力がみなぎり、
きっと、ここにはいない人へ、想いを果たす時が迫っていることが分かりました。
私は、「じゅんこ」さんが望むがままに、
その逞しいものに、そっと、くちびるを近づけていったのです。
先程まで、どんよりとしていた空は、
いつのまにか、夕焼けの茜の色に染まり始めていました。
そして、カーテンの細い隙間からは、
その明るい光が、誰かが、何かを語りかけるように、斜めに射し込んできていたのです。
「どうかしたの? 何だか、今夜の順子は変だよ」って、
その夜、珍しく自分の方からからおねだりした私、
主人に抱かれながら、そう、言われました。
私も、なんだか、自分のものではない身体のように思えて、
大好きな主人の可愛らしい乳首を啄ばみながら、
目を閉じて甘えるしかなかった、そんな夜だったのです。
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