ひろしとのこと 蔦の店1
2019.01.15 (Tue)
もう、結構遅い時間のはずなのに、
竪町の道沿いは、続くお店の光が明るく差し伸びてきて、
素敵な感じだったのを覚えています。
そんなタテマチストリートから、ひとつ横道に入ると、
随分と光の量が少なくなって、時間相応の様子でした。
「この通りかしら」
香林坊や片町には、通いなれている私でしたが、
どちらかと言うと、若い人が中心の竪町には、知らないところが多いんですよ。
「あぁ、ここね、まぁ、蔦の葉が素敵ね」
そう思って、確かに彼から教えられたお店の、
本当に小さな目立たない透明のサインボードを、見つけることができたんです。
でも、今思えば、その店を見つけられないままに、
通り過ぎた方が良かったのかもしれません。
私が少し早めに来たせいでしょうか、
マスターに言われて、予約してあった個室に一人、
逆に少し遅れてきた彼に、随分と待たされた気がしました。
でも、そんなひとりだけの時間って、待っている彼のこと、
思いもかけず、こころに浮かべ続ける時間でもあったんでしょうね。
二週間ほど前、主計町のお店で、
中学時代からの友人である、南さんに紹介されたひろし君、
長身で、今流の細面のハンサムな素敵な青年でした。
関東の有名大学を卒業した後、
この街で、金融機関の支店に勤めているっていう固いお仕事なのに、
初対面の私に、ちょっと、恥ずかしいこと言ったんですよ。
そのときのことは、こちらからどうぞ。
数日前、夕食の下準備をしてたら、ひろし君から電話。
あぁ、南さんが、私の連絡先、ひろし君に教えたって言ってたわね。
「駄目よ、その日は、主人が出張で東京に行ってるから、私、大人しくしてないと」
「それって、遅くなっても、時間心配しなくていいっていうことですよね」
「困るわ、二人だけなんでしょ」
「あぁ、この間みたいに、南も一緒なんですよ」
後から来た割には、悪びれる様子もなく、
当たり前のように彼、私の隣に、ことわりもしないで腰を下ろしました。
それも、恋人たちが、身体を寄せ合うような距離だったせいか、
彼の体温を感じ、そして、なんだかいい匂いがしました。
「この間は、楽しい時間をありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、楽しかったわ。南ちゃんは、まだかしら」
「あぁ、あいつ、急な用事ができて、今夜、来られないって。
二人だけの秘密の夜にしましょうね」
「えっ! そうなの」
それが、本当に南さんの都合だったのか、
それとも、初めから、私と彼と、二人だけのつもりだったのか、
後になって、わかることになったんです。
とにかく、ちょっと、慌てましたよ。
だって、彼、そんなこといいながら、あの時と同じように、
私の薄いスカートの太ももに、手のひらを乗せたんですもの。
彼が注文してくれたのは、ロングアイランド・アイスティーっていう、
聞いたことがないカクテル。
名前の通り、アイスティーの風味で、甘いけど、さっぱりして美味しかったですよ。
彼は、ドライマティーニを、舐めるように、傾けていました。
「横顔みてると、堪らないです」
「やだぁ、早く結婚したら、そっちの方が、親御さんたちも、安心されるわよ」
「それって、前もいったじゃないですか、今の生活に満足してるんですよ」
二杯目に頼んでくれたのは、ルシアン。
これも、ジンとワオッカがベースらしいけど、口当たりのよいカクテルでした。
カクテルが来る度に、ひろし君がいろいろと説明してくれて、楽しかったです。
「カクテルって美味しいけど、なんだか、怖いわ、酔わされそうで」
「えぇ、順子さんが飲んだ二杯のカクテル、別名がレディキラーって言うんですよ」
「まぁ、私、大丈夫かしら」
「いいじゃないですか、気を失うほど、酔ってくださいよ」
そんなお話をしてること自体、私、彼の思惑通りに、
だんだんと酔いだしていたんだろうと、思います。
彼が高校時代に、私と同じように登山部だったことや、
東京での学生時代の話など、お話も上手で、すっかり打ち解けてしまっていたんです。
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