「幸せの行方」 その19 城崎温泉3
2018.11.20 (Tue)
雪道を駅まで歩き、そこから、ホテルのバスで戻ってきたのだが、
義母は大浴場にでもいったのだろうか、
宴会の始まる寸前に、慌てるようにして、戻ってきた。
髪を慌てて乾かしているところをみると、
よほど、ゆっくりとお湯に入っていたのかもしれない。
大広間での宴会は、
各部署からの出しものもあり、大いに盛り上がっていた。
酣の中で宴が跳ねると、順子は一度部屋に戻り、
薫を抱いて、ホテルの中をゆっくりと散策した。
ロビーから見ることのできる庭の緑には、
思いの他雪が残っていて、素晴らしい眺めであった。
ホテルの浴衣と半纏での装いではあったが、
見事に美しい順子に、振り向く酔客がいることを、意識させられたし、
その胸に抱かれた薫を見た夫人たちからは、
可愛らしさを褒める言葉を掛けられた。
あの人のことを、少しの時間でも忘れることができれば、
今は、申し分のない時間だったのだが。
部屋に戻ろうと、エレベータホールに向かった時、
義母の後姿を見つけた。
声を掛けて一緒にと思ったのだが、
急いでいたのだろうか、彼女はこちらの方に気づくこともなく、
エレベーターのドアが閉じてしまった。
苦笑して階を告げるランプを見上げると、
義母を乗せたエレベーターは、
何故かその階を過ぎて別の場所に止まったことがわかった。
誰かに用があったのだろうか、
けれど、何が可笑しかったのか、急に笑い出した薫を見て、
順子は、そのまま優しい母親の顔に戻ったのだった。
薫と二人だけの部屋で、母親としての時間を過ごしていた。
随分とお利口にしてくれていて、全く手が掛からなかった一日であった。
そっと寝かせつけると、ひとり窓際の椅子にゆっくりと座る。
思いもよらず、僅かではあったが、柏木との時間を過ごせた。
くちびるに指を当ててみると、
その時の感触が蘇るようで、熱い吐息が漏れた。
逢えたからといって、それで、どうなるものでもなかったが、
少しだけ、気持ちが緩やかに溶けかけたようにも思えた。
それに、今、同じホテルのどこかに、彼が居るという。
もしも、連絡を取れば、この部屋でもう一度あえるのだろうか。
そして、抱きしめてもらえるのだろうか。
そう思うだけでも、息が乱れはじめたことがわかった。
順子は、浴衣の重ねから手を忍び込ませ、
下着を外していた乳房に、手のひらを被せた。
乳首を細い指に挟んで、
今だけは、自分だけのものである乳房を揉んでみると、
穏やかな快感が身体中に広がり始めた。
けれど順子は、柏木のことを思いながらも、
母親として、妻として、ここだけでの薄い喜びに酔うしかなかったのだった。
次の日の朝、桐子の部屋で、朝からお湯を使った。
朝の空気の中に、湯気が沸き立つ豪勢な露天風呂は、
やはり、気持ちが良かった。
還暦を少し過ぎた母であったが、
その肌の張りと瑞々しさは見事というほかなかった。
義母と同じ歳になった時に、
自分はこんな風に美しい身体でいられるのだろうかとも思ったのだが、
その、義母の白い背中を流している時、ふと、気が付いたことがあった。
白い首筋の後ろの肌に茜色の印を見つけたのだ。
明らかではないにしても、唇の跡のようにも見て取れたし、
はっきりとはしないのだけれど、
昨夜湯を使ったときにはなかったような気がするのだが、
よくは分からなかったことだったし、尋ねてみる勇気もなかった。
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